過去へ未来へ
過去へ未来へ
美沙ちゃんへ
*
彼は腕を組んでその大きな箱を見ていた。部屋の広さ高さとほぼ同じ大きさのその箱は黄緑色に塗られている。材質は分からないが、たぶん金属だろう。いや、絶対金属だ。
「なにこれ」
ミサは、彼と同じように腕を組んだ。
「とうとう完成したんだ」
彼は箱を見つめたままだ。
「長い年月をかけて、図書館でいっぱい研究して、ようやくここまで辿り着いたんだ。よろこんでよ、ミサも。結局のところうまくいかなかったのは考え方だけだったんだよ。いいかい? A地点からB地点へのエネルギー、すなわちそこには相対性理論が深く・・・」
「ちょっと待って。長い年月ってまだそんなに長く生きてないでしょう」
永遠に続きそうな彼のうんちくをミサは遮った。
「いきなりメールで呼び出してなに?これはなに?」
「タイムマシンさ」
「・・・タイムマシンって。あの、時間を行ったり来たりするあのタイムマシン?」
「そうだよ。そのタイムマシンさ。完成したんだ。色はミサの好きな黄緑に塗ったんだ」
自慢げに箱をたたきながら、彼は満面の笑みを浮かべた。
「・・・あのさ、タイムマシンって机のひきだしが入口なんでしょ?ピコピコいいながらトンネルを移動するような感じで・・・」
「あのね、君はドラえもんの見すぎ。時間は横には動かないのさ、僕の理論では。移動に時間もかからない。だから、あんなトンネルは存在しない。だったらどうするんだって? 縦さ。縦に移動するんだよ。しかも瞬間に。僕の理論ではね」
全然分からない。彼の頭はどうかしてる。
「私、帰る」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。せっかく来てくれたのに。今日は初運転の日なんだ。一緒に乗ろうよ」
「・・・怖いよ」
「ちっとも怖くないよ。絶対うまくいくから」
箱の中は案外すっきりとしている。自動車のスピードメーターのようなものが5つ、電車のレバーのようなものが3つ、パソコンが3台。それと座布団が2枚。どうやらこれに座るようだ。機械が怖いというよりも、この座布団はきれいなのか?という思いが強くなった。
彼がパソコンをいじりだすと、少しづつメーターが動き出した。色とりどりのランプが点灯する。ドアを閉めたらなんとなくかっこいいSFの世界になった気がする。
「そのペンダントきれいだね」
首からさげた小さなペンダントは、お母さんからもらった。
「うん、お気に入り」
「もうすぐ臨界だ。さあ、座ろう」
「これきれい?」
ミサの言葉を無視して機械を操作する彼にそれ以上は何も言えず、仕方なく座った。
音がどんどん大きくなる。それと同時に不安も大きくなる。だいたい、タイムマシンなんて夢の世界の機械でしょう。あなたみたいな子供に作れるんですか?
「さあ、スタンバイポイントだ。どっちに行ってみる?」
「どっちって?」
「過去か未来か」
過去、未来。この際どっちだっていい。
「過去」
「過去ね、オッケー。システムチェック、A、B、Cレベルチェック。メーターは振り切ってるぞ。完璧だ、よし、行くよ!」
「うん!」
彼がレバーを倒した瞬間、目の前の景色が虹色になり、下の方へと強力に吸い込ませる感じが二人を襲った。
「なに!どうなってんのよ!怖い!」
「大丈夫!落ち着いて!僕につかまってなよ!」
言われなくてもミサはすでにしがみついていた。だいたい一輪車にも乗れない人なのにこんなの動かしてるんだから不安で仕方ない。とにかくしがみつくしかない。しがみつくチャンスでもあったが。
「よし、オッケー、着いたよ。ね、ほんとに一瞬でしょ? モニターで確認しよう」
彼はおもむろにテレビモニターのスイッチを入れる。
「外には出ないの?」
「まずはモニターで確認するのさ。危険な場所だったらまずいでしょ?」
なるほどね、きちんと考えてる。
モニターはなんとなく明るい感じになっているが、何も映っていないように見える。
「変だな。海の中かもしれない。危険だな。仕方ない、未来に行ってみようか」
なんか変だ。今日の彼は凛々しい。
彼は優柔不断で通っている。決断力に欠けていて統率力もない。スポーツなんてもってのほか、縁がないガラじゃない。一輪車だって乗れないのだ。だから学校では時々いじめられる。言い返せない。やり返せない。そんな姿を見ているともどかしい。しっかりしなさいよ、って背中を叩きたくなる。ゲームのやりすぎか本の読みすぎか知らないが視力が落ちてメガネだ。女子からの評判は最低だ。
「うん、行ってみる」
「時間移動っていうのはね、いつでも自分中心なんだ。だから、」
そう言いながら、レバーを反対に回す青いシャツの背中をミサは見ていた。
「未来は面白いよ、きっと」
さっきとは反対に、今度は強力に上へ引き上げられる。また、その細い腕にしがみつく。最低なやつの腕に。
「オッケー!着いた、完璧だ。おっ、木が見える。どこかの公園らしいね」
「どう?出られそう?」
「うん、大丈夫でしょう。行ってみよう」
ドアを開けるとさわやかな風が吹き込んできた。季節は初夏といったところか。木の葉の緑がまぶしい。二人は上着を脱いだ。
「ここはほんとに未来なの?」
「うん。たしかに未来だよ、だってほら」
広場の隅に建てられている時計台が、未来の西暦を示していた。二人はベンチに座った。彼はこの機械の成功をよろこんだ。
「改良しよう。好きな日、好きな時間に移動できるように」
「ねえ、未来ってあんまり変わってないんだね」
「そりゃそうだよ。なにも変わらないさ。ただ、僕たちが大人になっていく。それだけだよ、きっと」
「おじさんくさいこと言うね」
本当にそれだけなのか。私たちが大人になる。ただそれだけなんだろうか。
「ねえ、暑いね」
「うん、暑い」
「よくできたね、こんなすごいもの」
「だろ? この機械がこの世の中を変えるのさ。すごい世界が待ってるんだよ」
「あっそう」
彼は熱い。
ミサはペンダントを触ってみた。ひんやりして指に気持ちがいい。
向こうから親子連れがのんびり歩いてくる。ベビーカーに乗った子供は泣いている。お母さんは覗きこんであやす。お父さんは難しそうな本を読みながら、難しそうな顔をしながら少し後ろを歩いている。お母さんが笑顔で振り向きお父さんに話かける。お父さんは微笑む。会話は聞き取れない。
「元の時間に戻る方法を調べるから少し待ってね」
「うん」
お母さんは黄緑色の薄いシャツを着ている。ミサの好きな色だ。お父さんの視線はまた本に落ちている。色の落ちたジーンズ、青いシャツ。黒ぶちのメガネ。相変わらず子供は泣いている。お母さんがふと胸のあたりに手を添える。・・・ペンダントだ。親子は静かに二人の前を通り過ぎた。
ミサはもう一度ペンダントを触ってみた。小さい、とても小さいペンダントだ。
「ねえ」
「ん?」
「あの人たちすごくゆっくり歩いてるね」
「そうだね。だけど、僕なら本読みながら歩かないな」
そう言いながら、彼は熱心に説明書を読んでいる。自分で作ったものなのに少しも覚えてないの?と背中を叩きたくなる。でも、彼は私を元の時間に帰してくれる。彼がいなくなったら、私は帰ることができない。帰ってからも、彼がいなかったらもう二度と過去や未来に行くことができない。
「よし、オッケー。手順は完璧。さて、そろそろ帰ろうか」
「うん。でもちょっと待って。あと5分したらね」
「オッケー。いいよ」
彼との距離が近い。近くに座りすぎてる。ミサはそっと、少し離れて座り直した。
FEB.13.2009
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